いけばなの歴史
今日のいけばな

明治から徐々に浸透した生活様式の変化に従って、大正4・5年(1915・1916)頃から投入盛花を標榜する流派が乱立する時代をむかえました。従来の生花に代わり、投入盛花が平易で華やかないけばなとして喜ばれるようになりました。長い戦争による疲弊と敗戦の打撃に打ちひしがれていた昭和20年(1945)。敗戦直後の9月1日、池坊はいち早く全国の門弟に働きかけ文化国家再建をめざして活動を開始し、めざましい発展を遂げました。各種の講習会を開催して古典を究明するとともに現代花一後の自由花について先進的な研究を行い、当時既に300余の各地支部を通じてこれを普及し、各種の華道展にこれを発表、いけばな界を瞠目させました。また昭和27年全国門弟の協力によって池坊学園を開設して新時代に即応する教学体系を整備、他の追随を許さぬ体制をつくりあげました。
現池坊専永家元は昭和20年(1945)、先代の急逝により幼くして四十五世を継承、早くから新時代のいけばなを探究、昭和52年(1977)、いけ花の殿堂「池坊」を建設すると共に、池坊中央研修学院を開設して人材の養成に着手、また年来の研鑽(けんさん)をもととして生花新風体※を発表しました。また引き続き平成11年(1999)、立花新風体※を発表。これはいけばなのあゆみにとって画期的な展開であったといえましょう。
いま池坊は、形から心への回帰によって、明日に期待する◇いのち◇の輝きを、あらゆるいけばなの様式の中に見出そうとしています。

※自由花

自由花の作品と詳細

※立花新風体

立花新風体の作品と詳細

※生花新風体

生花新風体の作品と詳細


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