池坊のいけばな

生花の歴史と現状

花の出生

生花をいけるとき、もっとも大切にされるのは花の出生です。出生とは、花木それぞれが本来有している性情、いわば花の個性といえましょう。これに対して、光に向かって枝葉を伸ばし、花を咲かせ、風雨など環境に応じて生育するという草木が共通してもつ性情を「自然」として、いけばなでは区別してきました。生花は、草木固有の出生を尊重し、その性情にかなういけ方により、その花らしさ、草木の内に息づく生命の輝きを端的に表そうとする様式なのです。

生花の空間

室町時代の終わり頃から戦国時代にかけて、貴族や武士を中心に茶の湯が流行しました。これにともなって茶の湯を楽しむための数寄屋建築が誕生し、その小さな床の間には小座敷の花、「いけはな」が飾られます。やがて、茶室に自然の息吹をもたらす「いけはな」は、重要視されるようになってゆきました。一方、江戸時代前期、町人の経済的な向上によって、一般庶民にも床の間が取り入られるようになります。簡略で手頃な「いけはな」が人気を集め、次第に、小座敷の床の間にふさわしいいけばなとして、生花の様式が整えられてゆきました。その後生花は床の花として正式な形式が作られました。

伝統のいけばな−生花正風体−

明治時代の初め頃、江戸時代後期に成立した生花の花形を基本として、正風体が整えられました。生花正風体の基本の形式は、一本の草花が大地から気勢をもって立ち伸び、枝葉を繁らせて生育する、生命の営みを真、副、体の三つの役枝をもって象徴的に表します。草花が出生のままに自然の中に生い立つ姿を表現することを根本として、そのあるがままの美を端的に表現する形といえましょう。その後、生花正風体は端正で優美、品格のあるいけばなとして広まり、今日に至っています。

現代の住空間 −生花新風体−

昭和52年当代家元専永宗匠により、現代の暮らしに適応する生花の様式として「生花新風体」が発表されました。自然をうつすという基本は守りつつ、多様化する住環境に対応した造形を追究し、洋花をも取り入れる柔軟な発想に支えられて、生花は暮らしのいけばなとして本来の役割を取り戻したのです。

ページトップへ
生花の作品紹介へ戻る
池坊のいけばなトップへ戻る