池坊由紀の花のこころ

池坊由紀

2006.11.22

10月の末から11月にかけては、行事続きの忙しい日々でした。まず、イケバナ・インターナショナル世界大会、これは5年に一度日本で開催されるものですが、今年は創立50周年ということで、ことの他華やかでした。私たち池坊も5年毎に参加しているのですが、その都度思うこと、感じることが異なり、これって成長なんだろうか、それとも老化(?)なんだろうかと思うことしきりです。

この世界的な組織は、1956年に1人のアメリカ人女性エレン・ゴードン・アレン夫人が、日本のいけばなの魅力に惹きつけられ、何とかしてこの素晴らしさを世界の人々に知ってもらいたいということで始まりました。

「Friendship through Flowers」

「花を通した友情を!」

がモットーです。1人の女性の思いが、今こうして世界的な組織に成長したということに深い感慨を覚えます。そして、それと同時にこのとてもシンプルで、わかりやすいモットーが、他のどんな言葉よりも人の心を揺り動かす普遍的ないけばなの魅力を、語っていることにも気付かされます。

思えば私もいけばなをしていたからこそ、国を超え、宗教を超え、多くの人達と出会い、いろいろな時と同じ思いを仲間として、分かち合ってきたように思います。その創設者のエレン・ゴードン・アレンさんは、亡くなる前に

「悲しまないで、私はいなくなっても蝶になって世界のイケバナ・インターナショナルの会に飛んでくるから」

との言葉を残したそうです。いけばなは多くの人と人とを結びつけ、また過去と今という時間をも結びつけ、人の思いも甦らせる。そんなマジックのような存在であるのかもしれませんね。

さて、そのイケバナ・インターナショナルでは、恒例の各流派によるデモンストレーションがあります。私とサポートしてくれるスタッフは、この日に向けてまずはダイエット(?)、見苦しい姿を皆さんに見せるわけにはいきません。60分という限られた時間の中で、初期の献花(たてはな)をいけ、また江戸期の専好立花をたて、途中にはアクションいけばな(という評価を他の方からいただきました)があり、大作自由花も制作し、フルに動きまわりました。池坊の五百有余年の歴史と真髄を語り伝えるのには、不十分だったかもしれませんが、その一滴でもわかっていただきたいという気持ちでいっぱいでした。

池坊由紀 献花(たてはな) 池坊由紀 専好立花

それにしても今回のこのデモンストレーションを通して、それ以前に何時間も何度も練習しました。リハーサルに費やした時間と労力はかなりのものにのぼります。そのような中で改めて感じたことは、五百有余年続いてきたその歴然とした事実の重みです。先の時代に生きた、それも1人1人が小さな足取りで、しかし、しっかりと刻んでくれたからこそ今につながっているのです。松山バレエ団のプリマ森下洋子さんが、

「一度も悩まず、一度も迷わず、ひたすら一途に踊り続けてきました。」

とおっしゃっていました。私は悩み迷いのかたまり(?)ですが、それでもせめて一途にいけ続けていきたいと思ったのでした。

ダイエットの成果があり、最後には

「黒いシャツ姿のスタッフがカッコよかった。」

「白いドレスがすてきー」

というお声もいただき(どうして、ドレス「姿」でないのかが疑問なのですが・・・)、見て下さった方、励まして下さった方にも感謝の思いでいっぱいです。ちなみにこの時の超大作自由花の花材といけばな展(デモンストレーションの他にいけばな展もあります)にいけた花材は、同じヤシで一応コーディネートしてありますので、それも他の写真と合わせて見て下さいね。

池坊由紀 白いドレス

イケバナ・インターナショナルの行事が終わったかと思えば、すぐに旧七夕会です。高島屋会場での蓮の自由花競演席などがあり、予想以上の方より反響いただきましたが、今秋は父である専永宗匠が旭日中綬章を受賞し、それもことのほか嬉しいことでした。幼くして祖父、父をあいついで亡くし、11歳で家元を継いでから耐えて頑張ってきた父の功績が認められた喜びと共に、これは華道という日本の伝統文化に対するありがたい評価だとも感じました。

私も伝統文化に身を置く者の1人として、この意味を自覚し、更に力を振り絞って前へ進んで行かなくてはいけないのだとも思ったのでした。多くの方より御祝意を頂戴し、それもありがたいことと感謝しています。この思いを力に変えて・・・

旧七夕会が終わり、京都の本部も淋しくなりました。一年はあっという間にすぎさろうとしていますが、この秋の思いと経験が今後に生かせるように、いえ、生かしていかなくてはと心する今日この頃です。

池坊由紀 超大作自由花 池坊由紀 花展の作品

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