見所ぐるり一周「建造物・仏像」編

「いけばな」編 「散策・お土産」編

六根清浄を願う 六角形の本堂

本堂は上空から見ると六角形になっていますが、これには次のようないわれがあります。
六角堂の詠歌に「わが思う心のうちは六の角ただ円かれと祈るなりけり」とありますが「六の角」とは六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)によって生ずる六欲のことを言います。人間の欲望、つまり煩悩を脱して角を無くし、円満になること。つまり「六根清浄を願う」という祈りを込めて六つの角を造ったと伝えられています。

本堂
本堂
前立本尊(如意輪観世音菩薩)
前立本尊(如意輪観世音菩薩)

本尊は聖徳太子の護持仏といわれる御丈一寸八分(約5.5cm)の如意輪観世音菩薩です。秘仏なのでお姿は拝めませんが、厨子の前にお前立のご本尊がおられます。
また、重要文化財の毘沙門天立像も安置されています。

毘沙門天立像(重文)
毘沙門天立像(重文):平安時代末期
 

親鸞上人の姿を刻む 「夢想之像」と「草鞋の御影」

夢想之像・草鞋の御影像
:夢想之像/:草鞋の御影像
親鸞堂
親鸞堂:「夢想之像」と「草鞋の御影」を安置。

親鸞上人は、建仁元年(1201年)29歳の時、毎夜叡山を下り、この六角堂に百日参籠した。その95日目の暁の夢で、如意輪観音より「法然の許へ行け」との示現を得た。その頃、法然は吉水で新しい専修念仏の教えを説いていた。親鸞はこのお告げによって法然の許へ行き、引き続きまた百日参籠して六角堂から法然の許へと通った。それから2年後、親鸞はまた夢で如意輪観音の声を聞いた。

「行者宿報設女犯・我成玉女身被犯・一生之間能荘厳・臨終引導生極楽」

このお告げは今まで僧として禁止されてきた、妻を娶ることの肯定であり、法然の宗教から逸脱させる物であった。このように六角堂の本尊は二度にわたって親鸞にお告げを与え、日本に新しい救いの教え・浄土真宗を生み出したのである。

親鸞堂には、夢のお告げを聞いておられる姿「夢想之像」と六角堂参籠の姿を自刻されたと伝える「草鞋の御影」を安置しています。

 

聖徳太子自作と伝えられる、南無仏の像が安置 太子堂

境内東北の池の隅に浮かんでいる建物は太子堂と呼ばれ、またの名を開山堂ともいいます。聖徳太子ご自作と伝えられる南無仏の像(聖徳太子2才の像)が安置されています。

聖徳太子2才像
聖徳太子2才像
(南無仏の像)
太子堂
太子堂:聖徳太子ご自作と伝えられる南無仏の像(聖徳太子2才の像)が安置されています。
 

一心に祈ると災難の種が消滅 不動明王立像

石不動
石不動:山門を入って左手奥に祀られている石不動。
不動明王立像
不動明王立像

石不動の手前に安置されているのは不動明王。大日如来が一切の悪魔を降伏させるために身を変じて怒りの形相をされた、強い法力を持った仏様です。一心に祈れば災難の種を消滅させ、人間の苦しみの身代わりとなって願いを叶えてくださるといわれています。

 

和顔愛語を実践し、いつもにこにこ顔の 十六羅漢

十六羅漢と邪鬼
十六羅漢と邪鬼

『羅漢』とは仏の教えを護り伝えることの出来る優れたお坊様に与えられた名前です。『十六』は方位の四方八方を倍にした十六を表し、あらゆる場所に羅漢様がおられることを意味しています。
この羅漢様は、「和顔(わげん)愛語(あいご)」を実践し、いつも「にこにこ」されています。「和顔愛語」の教えとは、いつも優しい顔つきで、穏やかに話をするように心がけてさえいれば、必ず良い報いがあると説かれたものです。皆さんも、この羅漢様のように一日にこにこを心がけましょう。

この羅漢様の周りには邪鬼がいます。仏教をなかなか理解せず、ひねくれて仏教信者とならない。そんな衆生を邪鬼といいます。中には改心した邪鬼もいて、ここ六角堂には、羅漢様の周りで仏法を学びながらお守りしている者や、本堂前にある大香炉を自分から大喜びで背中に乗せるけなげな邪鬼もいます。ここの邪鬼は皆、自らすすんで縁の下を支えています。

 

正面に本堂が腰を据える 山門

烏丸通りから六角通りを東へ曲がってすぐのところに、立派な山門があります。ここが六角堂への入り口です。正面に六角堂がどんと腰を据えています。

山門
 

その昔、都の災害を知らせた 鐘楼

鐘楼

六角通りを南側に隔てた場所に鐘楼があります。その昔、都の災害に際しては、この鐘をついて急を知らせました。
その後、第二次世界大戦の金属供出によって失われた鐘は、地元の寄金で昭和29年に再鋳されました。その鐘楼には、燭台や木株が置かれ、花をいけられるようになっています。

 
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